富貴蘭 羆のふるさとは?

熱いですね~。

富貴蘭の写真を撮る元気もなくなりましたので、今日は
「羆のふるさとは?」ということで
考えてみました。

昭和10年発行の(東洋蘭と西洋蘭 山崎天然氏)」には「伊勢国山田五十鈴川邊の山より出で・・・。
とありますから答えはすぐ出るのですが。。

昭和12年発行の「富貴蘭(園芸新報社)」(持っているのは復刻版)には


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「明治二十年伊勢と紀州の国境で山の松の木に着生しあるを・・・・」とあります。

この伊勢と紀州の国境と言うところですが、今の地図から考えると三重県側でいうと紀宝町
及び紀和町の熊野川沿いかなと思ってしまうのですが、そうではありません。

ネットで調べると分かるように、紀州藩は紀州国の37万5000石に伊勢国の18万石を
合わせて55万5000石を領していたとあり、伊勢国内には、松阪領・白子領・田丸領の
三領があったそうで、この所謂飛び地の中で考えると田丸領と伊勢との国境と考えるのが
自然だと思いますが、そうすると宮川沿いなのかな?となってしまいます。
(紀州領が宮川を超えて五十鈴川まで迫っていたのなら問題は解決ですが・・。)



さて、羆のふるさとは何処なんでしょうか?

(当時は山崎天然氏が第一人者だと思うので、五十鈴川邊で問題はないのでしょうが、どこか分からない
ほうが「浪漫」だと思うので・・・混乱するよう考えてみました。)



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by engeikurabu | 2016-08-07 21:30 | 富貴蘭 建国系 | Trackback | Comments(0)